介護保険の限界と未来|新しい安心のつくり方

定点

介護保険は、私たちが老後や介護を必要とするときの大切な支えです。

しかし現場で働く中で、その制度が「守ってくれる安心」であると同時に、「大きな制限」でもあることを実感してきました。利用制限や費用の負担、特養の待機者の多さ

――こうした現実に直面すると、「このままで本当にいいのだろうか」と考えずにはいられません。
今回は、制度の仕組みとその限界、そして私がWeb5に出会って感じた新しい希望について書いていきます。

介護保険の仕組み

介護保険は、日本の高齢化社会を支えるために2000年に始まった制度です。目的は「介護が必要になったとき、誰もが安心して支援を受けられること」。40歳になると保険料の支払いが始まり、65歳以上になると要介護認定を受けてサービスを利用できるようになります。

制度の基本

  • 要介護認定
    介護が必要になると、市区町村に申請して「要介護認定」を受けます。調査員が日常生活の状態を確認し、主治医の意見も踏まえて「要支援1〜2」「要介護1〜5」の区分が決まります。

  • 利用できるサービス
    訪問介護(ホームヘルパーによる生活援助や身体介助)、デイサービス(施設での入浴・食事・リハビリ)、短期入所(ショートステイ)、福祉用具のレンタル、住宅改修(手すりや段差解消など)。

  • 自己負担の仕組み
    介護サービスは無料ではありません。利用時には1〜3割を自己負担します。割合は所得によって決まり、高所得者ほど負担が重くなります。

支給限度額の仕組み

介護度に応じて「1か月に使える金額の上限=支給限度額」が設定されています。

  • 要介護1:約17万円

  • 要介護5:約36万円

この範囲内でサービスを組み合わせて利用できます。もし上限を超えた場合、その分は全額自己負担となります。

制度の位置づけ

介護保険は、高齢者やその家族にとって「介護が必要になったときの大きな支え」となります。もし制度がなければ、介護サービスの費用はすべて自己負担になり、多くの家庭が経済的に追い込まれてしまうでしょう。

だからこそ、介護保険は社会全体にとって欠かせない仕組みです。ただしこれはあくまで「仕組みの基本」。実際に利用すると、制度に制限があることや、希望どおりに使えない現実に直面します。この背景については、

制度と制限がある理由

介護保険は「誰もが安心して介護サービスを受けられるように」という理念で作られました。しかし、実際に制度を使ってみると、サービスには必ず「制限」があります。回数や時間に上限があったり、自己負担が発生したり、すぐに施設が利用できなかったり――こうした制限は「なぜあるのか?」という疑問を抱かせます。ここでは、その背景を整理します。

1. 財源に限りがあるから

介護保険の財源は、国民が40歳から支払う介護保険料と、税金によってまかなわれています。
ところが、少子高齢化が進む日本では「支える人は減り、使う人は増える」構造になっています。つまり、制度が持続するためには、サービスを無制限に提供することはできず、必然的に**「週に何回まで」「月にいくらまで」**といった制限が設けられるのです。

2. 公平性を保つため

制度は「誰もが平等に使える」ことを大前提に作られています。そのため、要介護度ごとに支給限度額が決められ、区分に応じて同じ条件でサービスを利用できるようになっています。
しかし、現場にいると「同じ要介護度でも生活状況は全く違う」と感じます。一人暮らしで支えがない人と、同居家族がいる人では必要なサービス量が違うのに、制度は画一的。結果的に「公平に見えるけど、不公平に感じる」ことが多いのです。

3. 制度は“最低限”を守る設計だから

介護保険は「生活のすべてを保証する仕組み」ではなく、「最低限の介護を社会で支える」ために作られました。そのため、「毎日お風呂に入りたい」「もっと長くデイサービスを利用したい」といった希望は、制度の範囲外になることが多いのです。
つまり制度は「基本的な生活を維持すること」をゴールにしているので、「望む生活を実現すること」までは想定されていません。

4. 家族や地域の支えを前提にしているから

制度は「介護保険+家族介護+地域の支え」で成り立つことを前提にしています。
しかし現代は核家族化や共働きが進み、地域のつながりも薄れてきました。そのため、制度の枠からこぼれた部分を補う人がいないケースが増えています。結果的に、制度の制限=そのまま介護の穴になってしまうのです。

5. 少子高齢化で制限が厳しくなる現実

今後、高齢者人口はさらに増え、介護保険の利用者も増加していきます。その一方で現役世代は減り、財源はますます厳しくなります。
結果として、サービスの利用制限は今以上に厳しくならざるを得ず、介護保険だけでは「本当に必要なケア」が満たされない可能性が高まっているのです。


介護保険は大切な制度ですが、その仕組みを深掘りすると「なぜ制限があるのか」には必ず理由があります。
財源・公平性・設計思想・社会構造――どれも避けられない背景です。しかしそのしわ寄せは、現場や家族に直接の負担となって現れているのが現実です。

介護保険の限界

制度があること自体は大きな支えになりますが、実際の現場や家庭で介護をしてみると、介護保険にはどうしても埋められない穴があります。ここでは、その限界を具体的に見ていきます。

利用制限で希望が叶わない

介護サービスには回数や時間の上限があります。

  • 入浴介助は「週2回まで」

  • デイサービスは「1日数時間まで」

本人が「毎日お風呂に入りたい」「もっと長くリハビリを受けたい」と願っても、制度の範囲では難しい。結局は家族が介助することになり、仕事や生活に大きな影響が出てしまいます。

家計に重くのしかかる費用

自己負担は1〜3割でも、積み重なれば月に数万円。さらに施設に入れば、家賃・食費・光熱費などが加わり、月15〜20万円以上になることもあります。
高齢者の年金だけでは到底足りず、子ども世代が負担を背負うケースも少なくありません。家計が圧迫され「介護破産」に陥る家庭も出ています。

特養待機者の多さ

特別養護老人ホームは全国で数十万人が待機しています。
要介護度が高くても「すぐには入れない」のが現実。
在宅で介護を続けるしかなく、家族が心身ともに疲弊してしまいます。必要なときに制度が届かないことは、介護を受ける本人にとっても、支える家族にとっても大きな不安です。

制度と現実のズレ

夜間に徘徊や転倒のリスクがある利用者に対して、夜間サービスは十分ではありません。
結果として、家族が夜通し見守ることになり、睡眠不足や体調不良に陥る。介護する側がうつ状態になったり、共倒れ寸前に追い込まれるケースもあります。制度の限界が、そのまま介護者の健康を脅かしているのです。

本人の希望が押しつぶされる現実

「できるだけ自宅で過ごしたい」「毎日入浴したい」という当たり前の願いさえ、制度ではカバーできません。現場の職員としても「制度上は難しい」と説明せざるを得ず、本人や家族の思いに応えられない場面に、歯がゆさや無力感を覚えます。


介護保険は高齢化社会を支える大切な制度であり、なくてはならない仕組みです。しかし、それだけに頼って安心できるものではありません。利用制限・経済的負担・待機者問題・制度と現実のズレ――これらが複雑に絡み合い、介護を受ける人も支える人も、日々大きな壁に直面しています。

制度だけに頼れないからこそ必要な発想

ここまで見てきたように、介護保険は私たちの生活を守るための大切な仕組みです。しかし同時に、利用制限や費用の負担、待機者の多さなど「制度だけでは支えきれない部分」が確実に存在します。

この現実に直面すると、「じゃあどうすればいいのか?」という問いが浮かびます。ここで必要になるのが、制度に頼るだけではなく、自分たちの手で補っていく新しい発想です。

制度外の知恵をどう生かすか

現場には、制度ではカバーできない知恵や工夫が数多くあります。

  • 夜勤中のちょっとした休憩の取り方

  • 認知症の方が落ち着く声かけの順番

  • 家族への説明の工夫で信頼関係が深まった体験
    こうした小さな知恵は、制度の枠を超えて現場を支える「生きた力」です。ですが、多くは個人の中にとどまり、共有されないまま埋もれてしまいます。

家族・地域・現場がつながる発想

制度が前提としている「家族や地域の支え」も、今は十分に機能していません。核家族化や共働きの増加で、介護を担える人が少なくなっているからです。だからこそ、地域や仲間同士で知識や体験をつなげる工夫が求められています。

新しい補い方の必要性

制度は「最低限の安全」を守る仕組みであり、そこから先の「希望」や「安心」を叶えるには、私たち自身が工夫や仕組みを生み出す必要があります。制度に「足りない部分を補う視点」を持つことが、これからの介護には欠かせないのだと思います。

Web5が開く“分散型の安心”

介護保険は国や自治体が一括で管理する「中央集権型」の制度です。もちろんその仕組みは社会にとって大切ですが、財源や人材不足などの理由から限界が見えてきています。利用制限や待機者の多さも、その結果です。

一方で、Web5という新しい考え方は「分散型」で支え合う仕組みを目指しています。分散型とは、国や企業などの中央にすべてを任せるのではなく、一人ひとりやコミュニティが価値を持ち寄り、つながることで大きな力を生み出す という発想です。

制度に足りない部分を補う

たとえば介護の現場では、夜勤の工夫や認知症ケアの声かけなど、現場でしか得られない知恵があります。これを個人の中だけに閉じ込めず、デジタル上で共有できれば、同じ悩みを持つ介護士や家族にとって大きな助けになります。制度でカバーできない部分を、知恵や経験の共有で補うことができるのです。

自分の経験を「資産」として持ち歩ける

Web5の仕組みを使えば、現場で得た経験や知識を「自分の価値」としてデジタル上に残せます。それはブログ記事やチェックリスト、動画解説など形は様々ですが、一度残せば働いていない時間にも誰かの役に立ちます。制度に縛られるのではなく、自分自身が「価値を持ち歩ける存在」になるのです。

仲間とつながり合う安心感

分散型の仕組みでは、一人で抱え込む必要はありません。同じ介護職や、介護を経験している家族とつながり、情報や知恵をシェアすることで「孤独」から解放されます。制度では得られない心理的な安心感も、この仕組みの大きな強みです。

私がWeb5に希望を感じた理由

介護保険や現場の制度は、どうしても「決められた枠の中でどう働くか」に視点が縛られています。私は長い間、その枠の中でしか考えられず、将来を思い描こうとしても不安ばかりが大きくなっていました。

そんなときにWeb5という言葉に出会い、「未来を制度に委ねるのではなく、自分で選んでいい」という発想を知ったのです。

“枠の外”を見られるようになった

介護の制度や職場のルールは、守るために必要な仕組みですが、同時に働き方や生き方を狭めてもいます。Web5では「個人が自分の価値を持ち歩ける」という考えがあり、それを知ったときに初めて「枠の外を見ていいんだ」と思えました。

経験そのものを「未来の材料」にできる

これまでの私は、経験を“その場限りの消費”として捉えていました。夜勤の工夫も、認知症ケアの工夫も、その日で終わり。けれどWeb5の発想を知ってからは、「これを残せば未来の誰かに役立つ」「自分自身の次の一歩につながる」と考えられるようになりました。

仲間と並走するという安心感

一人で制度や現場の壁と戦うのは苦しかった。けれどWeb5やawabotaでは、「同じように模索している仲間」と並走できます。孤独に耐えるのではなく、共に仕組みを考え、共に未来を描く。その安心感が、私にとって大きな希望になりました。

最後に…

介護保険という制度は必要不可欠ですが、それだけでは「希望」までは支えきれません。制度の限界を知ったとき、私たちは「枠の中で耐える」だけではなく、「枠の外に出て自分の未来をつくる」という発想も必要になります。

Web5の考え方は、そのヒントを与えてくれました。自分の経験を資産に変えること、仲間とつながって仕組みをつくること。制度に頼るだけでなく、自分たちで未来を選び取る方法があると知ったとき、私は初めて介護に希望を持てました。

あなたはどう思いますか?
介護の現場や制度に不安を感じたとき、「枠の外」を見ようと思えたことはありますか?

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