投資しても変わらなかった。私がWeb3で感じた“空白”

起きていること

私は、もっと自由になりたかった。
お金を増やせば、時間や心に余裕が生まれて、
将来の不安からも解放されると思っていた。

そんなときに出会ったのが、Web3という言葉。
「分散型」「個人が主役」「自由な経済」──
今までの仕組みとは違う、まったく新しい可能性を感じた。

これが“自分の人生を変えるきっかけ”になるかもしれない。
そう信じて、私は投資を始めた。

でも、現実は思っていたものとは違っていた。
努力しても、待っても、結果は変わらない。
最後に残ったのは、期待でも後悔でもなく、
何も掴めないまま。

お金を増やせば自由になれると思っていた

私は、お金があれば豊かになれるし、
もっと自由になれると思っていた。

働いても、時間に追われ、貯金したくても生活で精一杯。将来の不安が消えない。
だったら、投資を通じて自分の手でお金を増やせば、
人生は少し変わるんじゃないか。
そう考えた。

Web3の世界は、「個人が主役になれる」と言われていた。
これまでのように会社や国に依存せず、
自分で動ける経済。その言葉に希望を感じた。

最初は、仮想通貨の値動きを見るだけでも楽しかった。
上がれば嬉しくて、未来が明るく見えた。

上がったら億万長者。

投資の経験ある人。億り人の経験がある人がいうのであれば、きっと間違えないのだろう。

そう思っていた。

でも、下がったときの不安は想像以上に重かった。

自分ではどうすることもできない。
気づけば、相場に心を支配される毎日になっていた。

信じたい気持ちと不安の間で揺れていた

プロジェクトの話はいつも前向きだった。
「これから価値が上がる」「今はまだ準備期間」
そんな言葉を何度も聞いた。

最初のうちは、「きっとそうなる」と信じていた。
でも、時間が経っても大きな変化はなく、
自分の生活も心も、何も変わらなかった。

“今に良くなる”と信じる気持ちと、
“本当に大丈夫なのか”という疑いが、
いつも心の中でぶつかっていた。

そのうち、
「自分は何を信じているんだろう」
「何のために続けているんだろう」
そう考えることが増えた。

希望よりも、迷いの方が大きくなっていった

途中でやめたかった。返金してほしいと思ったこともある

正直に言えば、何度も途中でやめたくなった。
投資したお金が思うように増えず、
ただ待つしかない日々が続いた。

「このまま意味があるのかな」
「もうやめた方がいいのかもしれない」
そんな考えが何度も頭をよぎった。

心のどこかで、
「返金してほしい」という思いもあった。

でも、やめる勇気もなかった。
「ここまでやったんだから」「もう少し待てば」
そんな言い訳をして、自分を納得させていた。

けれど、本当は分かっていた。
待っても、何も変わらないことに。

待つことしかできない現実

投資をしたあと、自分にできることはほとんどなかった。
プロジェクトの動きを見守ること、
価格の上下に一喜一憂すること、
情報を追いかけること。

それ以外に、何もなかった。

どれだけ時間をかけても、
結果を自分の手で動かすことはできない。
行動しても、努力しても、
その成果が自分に返ってくるわけではなかった。

やればやるほど、
「何も積み上がっていない」感覚が強くなっていった。

自由を得たくて始めたはずなのに、
いつしか“待つだけの時間”に縛られていた。

情報を追いかけても、答えは見つからなかった

SNSやニュース、コミュニティの情報を追いかけても、
明確な答えはどこにもなかった。

誰かが「チャンス」と言っても、
それが自分にとって本当に正しいのか分からない。

私は誰かを盲信していたわけではない。
自分なりに調べて、考えて、判断してきた。
それでも、
「これでいい」と思える確信には出会えなかった。

気づけば、たくさんの情報に振り回されて、
何を信じればいいのか分からないまま立ち止まっていた。

お金を出しても、何も変わらなかった

投資をすれば、未来が変わると思っていた。

でも、現実は何も変わらなかった。
結果が出ても、それは自分の力ではなく、
運やタイミングによるものでしかなかった。

自分の行動が何かを生み出したわけではない。
努力しても、実感がない。
ただ「お金を出した」という事実だけが残った。

そして、心の中には
何かを得た満足感よりも、
“空白”のような虚しさが広がっていった。

自由を求めて始めたのに、自由を失った

自由を得たくて始めたのに、
気づけば、数字や情報に縛られていた。

上がるか下がるか、
良いニュースか悪いニュースか。
毎日の感情が、相場に支配されていった。

自分で決めて動いたはずなのに、
実際は、周りの流れに流されていた。

「自由になりたい」と思って始めたことが、
いつの間にか、
**“自由を奪う存在”**になっていた。

最後に…

Web3に挑戦したことで、たくさんのことを学んだ。

お金を投じても、
それだけでは何も変わらない。
待つことしかできない仕組みの中では、
自分の行動も、努力も、形にならなかった。

途中でやめたくなったし、
返金してほしいと思ったこともあった。

けれど、今振り返ると、
あの経験があったからこそ、
「お金を出すこと」と「生き方を変えること」は違うと分かった。

自由を求めて始めたはずなのに、
心に残ったのは、何も得られなかったという“空白”だった。