介護の現場で働いて10年以上。
日々の業務に追われながらも、ふと「このままずっと介護だけで生きていけるのだろうか」と考えることが増えました。
長時間労働・低賃金・人手不足――この仕事は「やりがいがある」と言われる一方で、実際には不安や葛藤と隣り合わせです。
それでも続けてきたのは、利用者様の笑顔や「ありがとう」という言葉に救われてきたから。
でも同時に、「自分の人生はどこに向かっているんだろう」と考えるようにもなりました。
この記事では、私が感じてきた介護のリアルな悩みと、そこから見えた AIやWeb5、そしてawabotaと出会って感じた新しい未来 について書いていきます。
介護の現場にある“リアルな悩み”
介護の仕事は「ありがとう」と言ってもらえるやりがいのある仕事だと言われます。
確かにその瞬間はあります。利用者様からの笑顔や「あなたでよかった」という言葉は、心が救われる出来事です。けれど、その裏にはなかなか表に出てこない“リアルな悩み”が山のようにあります。
まず大きいのは 長時間労働と不規則なシフト です。日勤・夜勤を繰り返す生活は体調管理が難しく、生活リズムはいつも崩れがちです。特に夜勤は16時間勤務になることもあり、体力的な負担は相当大きいです。連休が取れても3日程度。お盆や年末年始も「世間が休んでいるときこそ仕事」というのが当たり前でした。長期休暇を取ることはほぼ不可能で、友人や家族と予定を合わせるのも一苦労でした。
次にあるのは 低賃金の問題 です。介護士は国家資格である介護福祉士を持っていても、責任の重さに比べて賃金は安い。長時間働いても手元に残る金額が少なく、「生活のために働いているのか、使命感で働いているのか分からない」という気持ちに陥ることもあります。努力や経験が昇給に直結しない現実は、モチベーションを削ぎます。
さらに、見逃せないのが 精神的なストレス です。利用者様の体調が急に悪化することもあれば、ご家族から厳しい言葉を受けることもあります。また、職場の人間関係がスムーズにいかないことも多く、常に気を張りながら仕事をしている感覚です。「もっと寄り添いたいのに、時間に追われて流れ作業になってしまう」というジレンマは、介護士なら誰もが一度は経験しているはずです。
そして 人手不足 も大きな課題です。本来なら一人ひとりに丁寧に関わりたいのに、現実は少人数で多くの利用者を見なければならない。焦りや無力感に押しつぶされそうになる瞬間が何度もありました。「本当にこれでいいのだろうか?」と自問自答を繰り返す日々は、心をすり減らしていきます。
最後に挙げたいのは キャリアの停滞感 です。資格を取得しても役割や待遇に大きな変化はなく、将来像が描きづらい。気づけば同じ業務を何年も繰り返していて、「この先もずっと同じなのかな」と考えると不安が押し寄せます。
これらの悩みは、決して私だけが感じていることではありません。介護現場で働く多くの人が日常的に抱えているものです。外からは見えにくいけれど、現場で働く人にとっては切実な“生の声”。これを伝えることが、私がブログを書く理由のひとつでもあります。
時間とお金のジレンマに苦しむ介護
介護の仕事をしていると、常に「時間」と「お金」の両方に追われている感覚があります。体力的に厳しいシフトをこなしながらも、給料は決して高いとは言えず、「これだけ働いても生活に余裕が持てない」と感じることが何度もありました。
日勤・夜勤を繰り返すシフトは生活リズムが崩れやすく、夜勤では16時間勤務になることもあります。ある時はそのあと残業という時もありました。夜間は一人で複数の利用者様を見守ることが多く、ちょっとした気の緩みも許されません。夜勤明けは体が鉛のように重く、帰宅してもなかなか眠れず、休日も次の勤務に備えて体調を整えるだけで終わってしまうこともありました。せっかくの休みも「休むために使う」状態で、心が休まる時間はほとんどありません。
それだけ働いても、手元に残るお金は少ないのが現実です。介護福祉士の資格を持っていても、他業種と比べて基本給は低めで、夜勤手当や資格手当が少し収入が増える程度でした。ボーナスも年に2回少額で、生活費や将来への貯金を考えると、いつもギリギリ。責任の重さに対して、収入が見合っていないと感じることも多かったです。
その結果、常に「お金を稼ぐために時間を削り、そのせいでお金を使う余裕もない」という矛盾に陥っていました。趣味や旅行にお金を使いたくても、時間がなく体力も残っていない。働けば働くほど疲弊し、生活は少しも豊かになっていかない。そんなループに飲み込まれていくような感覚がありました。
介護は人の命や生活を支える責任ある仕事なのに、時間的にも経済的にも余裕がなく、自分自身の生活を大切にできない。この「時間もお金も足りない」というジレンマは、介護職に就いている多くの人が抱えている共通の悩みだと思います。
AIが支える“新しい介護の形”
介護の現場では、人手不足や長時間労働が当たり前のように続いています。限られた人員で多くの利用者様を支えるには、業務効率を高めるしかありません。しかし人が担う業務には限界があり、常に「時間が足りない」「人が足りない」という状況に追われています。そんな中で注目されているのが、AIを活用した“新しい介護の形”です。
たとえば、AIによる見守り支援 があります。夜間など少人数体制のときでも、AIカメラやセンサーが利用者様の動きを常時モニタリングし、転倒や体調変化の兆候を検知してくれます。これにより、夜勤者がずっと巡回していなくても安全が確保され、必要なときだけ素早く対応できるようになります。人手不足で神経をすり減らしていた負担を、大きく軽減してくれる仕組みです。
また、AIによる記録業務の効率化 も広がっています。介護記録は本来とても時間がかかり、ケアの合間に慌ただしく書くことが多いため、後でまとめて記録することも少なくありませんでした。しかしAI音声入力や自動要約機能を使えば、現場で話した内容をそのまま記録に反映できるため、作業時間を大幅に短縮できます。
さらに、AIによる個別ケアの提案 も始まっています。過去の介護記録やバイタルデータをもとに、食事・運動・睡眠などの生活リズムを分析して、一人ひとりに合ったケア方法をアドバイスしてくれるツールです。人手不足で細やかなケアが難しい中でも、AIが裏側で支えてくれることで、介護士は「人にしかできない関わり」に集中できます。
AIは介護士の仕事を奪うものではなく、「業務を助ける相棒」のような存在です。雑務や見守りをAIに任せられれば、私たちは利用者様と向き合う時間をもっと増やせるはずです。人のぬくもりを大切にする介護にこそ、AIの力が必要だと感じています。
awabotaがもたらす「第4の居場所」
介護の仕事を続けていると、どうしても「職場と家の往復」だけになりやすく、気づけば心が閉じこもってしまうことがあります。仕事中は常に気を張っていて、利用者様やご家族、同僚との関係にも気を配らなければならない。家に帰れば疲れきっていて、誰かに弱音を吐いたり気持ちを整理する余裕もない。そんな毎日が続くと、「私は何のために働いているんだろう」と思う瞬間が訪れます。
awabotaに出会って感じたのは、ここには「職場でも家庭でもない第4の居場所」があるということでした。仕事や肩書きに縛られず、素の自分として関われる空間。介護のことを語ってもいいし、まったく関係のない趣味や日常を共有してもいい。誰かと比べられたり、評価されたりするプレッシャーがない場所は、想像以上に心を軽くしてくれました。
この「第4の居場所」があることで、介護の現場で感じる孤独感が少しずつ薄れていきました。辛いことや悩みを話しても否定されず、「それ分かる」と共感してもらえる。介護職同士でも施設が違えば環境も考え方も違うものですが、それを受け入れてくれる空気がawabotaにはあります。「一人じゃない」と感じられるだけで、心の負担が軽くなるのを実感しました。
また、この居場所は「安心して挑戦できる空間」でもあります。現場の外に出て、新しい分野(AI・Web3・Web5など)に挑戦している仲間がたくさんいて、「やってみたい」と思ったことに素直に手を伸ばせる雰囲気があります。介護の世界しか知らなかった私にとって、全く異なる分野の考え方に触れることは大きな刺激でした。
awabotaは、介護職という役割を超えて「一人の人としての自分」を取り戻せる場所です。心がすり減るだけだった日々の中に、安心できる居場所があること。その存在が、私にとって介護を続けていくための大きな支えになっています。
そして、リアルなブログとして残す価値も大きいと感じました。介護の現場では日々の出来事が流れていってしまいがちですが、ブログに書き留めることでその経験は「一度きり」で終わらず、蓄積されていきます。感情や葛藤も含めた正直な記録は、あとから読む人にとって“勇気をもらえる言葉”になる可能性があります。今はまだ届いていなくても、「これまでの歩みが誰かの支えになる」――それが、リアルなブログを発信することの大きな価値だと思います。
awabotaでは、介護という専門分野に閉じ込められず、「自分自身の人生経験」を活かせる場がある。これまで消えていくばかりだった日々の経験が、誰かの役に立つ価値に変わる――この感覚は、介護士として働く私にとって大きな希望になりました。
介護×AI×Web5で描く未来
介護業界は、長時間労働・低賃金・人手不足といった慢性的な課題を抱えたまま進んできました。現場の努力だけでは限界があり、「このままでは将来どうなってしまうのだろう」と不安を抱く声も少なくありません。そんな中で注目されているのが、AIとWeb5を組み合わせることで生まれる新しい介護の形です。
AIはすでに、業務の効率化に大きな可能性を見せ始めています。センサーやカメラで転倒や体調変化を検知する見守りシステム、音声入力や自動要約で記録作成をサポートする仕組み、バイタルデータを解析して最適なケアを提案するシステムなど、少しずつ現場に導入が進んでいます。これにより、介護士が「記録や見守り」に追われる時間を減らし、「人と向き合う」時間を取り戻すことができます。
一方、**Web5**は分散型のインターネット構想で、「個人が自分のデータを持ち、管理できる」世界を目指しています。介護の分野に応用すれば、利用者様の生活データや健康記録を施設や病院任せにするのではなく、本人や家族が主体的に管理できるようになります。必要に応じて介護施設・病院・家族・地域に共有し、どこにいても同じ情報をもとに支援ができる。そんな未来が実現すれば、利用者様中心のケアが本当の意味で可能になります。
さらに、この仕組みは介護士自身の働き方も変えていきます。個人が自分の実績やスキルをデータとして管理し、必要に応じて証明できるようになれば、「どこの施設で何年働いたか」ではなく「どんな経験を積んできたか」で評価される時代になります。AIとWeb5を活用して自分の知識や経験を発信・共有できれば、現場にいながらにして新しい働き方をつくることも可能です。
AIが業務を支え、Web5が情報と評価の仕組みを変える――この2つが融合したとき、介護は「過酷な仕事」から「可能性のある仕事」へと変わっていくはずです。
今はまだ遠い未来に感じるかもしれません。けれど、もしほんの少しでも「こんな未来になったらいいな」と思えたなら――その想像こそが、これからの介護を変えていく第一歩になるのかもしれません。
私がawabotaに出会い希望を持てた理由
介護の仕事を続ける中で、「このままずっと現場だけで生きていけるのだろうか」と不安になることがありました。体力的にも精神的にも限界があると感じる日が増え、将来を考えようとすると、真っ白な空白だけが広がっているように思えたのです。働き続けていても生活に余裕ができるわけではなく、気づけば「今をこなす」ことで精一杯になっていました。
そんな時に出会ったのがawabotaでした。最初は「何をするところなのか」も分からず、ただ情報を眺めていただけでしたが、参加してみると、ここにはまったく違う空気が流れていました。役職や肩書きに関係なく、それぞれが自分のペースで活動していて、「今までの働き方の常識に縛られなくてもいいんだ」と感じた瞬間でした。
特に驚いたのは、「自分の経験や感情を発信していい」と受け止めてもらえたことです。介護の現場では、感情を出しすぎると「感情的」と言われたり、弱音を見せると「甘え」と言われることもありました。でもここでは、うまくいかなかった話や葛藤も大切な経験として扱われ、「その気持ちわかる」と共感してもらえる。たったそれだけでも、ずっと張りつめていた心が少し緩むのを感じました。
awabotaでは、介護の経験を発信したり、新しい分野(AI・Web3・Web5など)に挑戦している仲間も多く、そこに触れたとき「介護しか選べない」と思い込んでいた自分の世界が一気に広がりました。
ここでは「自分の未来を自分で選んでつくる」
――私は、受け身で与えられる側ではなく、自分で未来を選び取る“選ぶ側”だと思います。
介護という職業の枠を超えて、自分の可能性に光が差したと感じた瞬間
――それが、私にとって何よりの希望でした。
介護の現場だけにいた頃は、将来を考える余裕さえありませんでした。でも、awabotaに出会ってから、「続けるための希望」と「新しい道を描く勇気」の両方を少しずつ進められた気がします。
最後に…
介護は、人の暮らしを支えるやりがいのある仕事です。
けれど、現場の中だけで働き続けていると、将来への不安や限界を感じることもあります。
AIやWeb5といった新しい技術、そしてawabotaという仲間と挑戦できる場所に出会って、私は「介護=過酷な仕事」という固定観念から一歩外に出ることができました。
今は、介護という職業に縛られず、「自分の未来を自分で選んでつくる」選ぶ側として歩き始めています。
もし今、同じように悩んでいる人がいたら
――「介護の外にも未来は広がっている」ということを、ぜひ知ってほしいと思います。
