なぜ、ずっと動いている人ほど疲れるのか
仕事が多いから疲れる、
能力が足りないから疲れる、
たぶん、それだけじゃない。
動き続けている人が疲れるのは、
ずっと「動く側」に立ち続けているからだと思う。
動く側にいるということ
動く側にいる人は、
指示が来たら動く。
依頼が来たら対応する。
やることがあれば処理する。
この形自体は、別に悪くない。
むしろ、
社会はだいたいこの構造で回ってる。
何がしんどくなるのか
問題になるのは、
判断の位置が、いつも自分の外にあること。
何をやるか。
どこへ向かうか。
いつ終わるか。
それを決めるのは、
だいたい自分じゃない。
だから、
「正解は外にある前提」で
動き続けることになる。
溜まるのは、体じゃない
この状態が長く続くと、
疲れるのは体というより、
判断する手前のところ。
・やるべきか分からない
・断っていいのか分からない
・休む理由が見つからない
結果、
ずっと動いているのに、
どこにも立っていない感じが残る。
立ち位置がない感覚
忙しいからじゃない。
サボってるわけでもない。
ただ、
立っている場所がないまま
動かされ続けている。
それが一番しんどい。
少し違う人たちの話
一方で、
あまり疲れていない人もいる。
そういう人は、
動く前に、先に立ち位置を置いている。
・何を扱うか
・何を扱わないか
・どこから世界を見るか
これを決めた上で、
必要なときだけ動く。
プレイヤーが悪いわけじゃない
プレイヤーでいること自体が、
悪いわけじゃない。
ただ、
ずっとプレイヤーでい続ける構造は、
人を消耗させる。
それだけの話。
これは、
努力の話でもないし、
働き方改革の話でもない。
ただの、
立ち位置と構造の話。