なぜ「反応がない」状態が一番安全なのか|評価に支配されない立ち位置

観測

 

反応がない状態は、失敗じゃない気がしている

反応がない。
アクセスも伸びない。
いいねも、コメントも、問い合わせもない。

この状態になると、
多くの人は思う。

失敗したのかも。
間違っているのかも。
意味がないのかも。

でも、
構造から見ると、
たぶん逆。

反応がある状態って、どういう状態か

反応がある、ということは、

数字が動く。
人が集まる。
期待が生まれる。
役割を求められる。

一見、いい状態に見える。

でもこの瞬間から、
書き手は無意識に、
立っている場所を少しずつずらし始める。

もっと伸ばさなきゃ。
期待に応えなきゃ。
ズレたことは書けない。
外したら終わる。

判断の軸が、
自分の中から、
外に移っていく。

ここから、
だんだん不安定になる。

じゃあ、反応がない状態は?

反応がない状態は、

誰にも求められていない。
誰にも評価されていない。
誰にも期待されていない。

つまり、
判断を自分の内側に置いたまま、
書ける状態。

この状態では、

当てにいかなくていい。
正解を出さなくていい。
役割を演じなくていい。

観測として、
そのまま置ける。

止まっているわけじゃない

反応がない=止まっている、
ではない。

外部のノイズが、
まだ入っていないだけ。

構造は、
静かに積み上がっている。

炎上しない。
消耗しない。
方向転換も自由。

いちばん安全な初期位置

「反応がない」という状態は、
メディア構造の中では、
いちばん安全な初期位置だと思う。

でも多くの人は、
反応がないうちに、
やめてしまう。

本当は、
一番壊れにくい場所に、
最初から立っているのに。

たぶん順番が逆

反応が出てから、考えればいい。
評価が来てから、決めればいい。

その前にやることは、
たぶん一つだけ。

立ち位置を動かさずに、
観測を置き続けること。

yurintea blog media は、
学ぶためのメディアではありません。

立ち止まるための場所です。

何かを変えなくても、
読んでいるうちに
見え方が変わることはあります。

そのくらいの距離で置いています。

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