「介護は一生続けられないかもしれない」
そう感じたのは、仕事が嫌いになったからではありません。
むしろ、誰かの生活を支えるやりがいを感じながらも、
体力的にも精神的にも限界が見え始めていたからでした。
目の前の業務に追われる毎日。
時間を仕事に使えばお金は入るけれど、
自分の時間も気力も少しずつ削られていく――
「このままで本当にいいのだろうか」と問いかけながらも、立ち止まる勇気が持てずにいました。
そんなときに出会ったのが、awabota でした。
ここで「時間とお金を同時につくる」という考え方を知り、
自分の未来を“与えられる側”ではなく“選ぶ側”としてつくっていく道があると気づきました。
介護の仕事が好きなのに続けられないと思った理由
介護の仕事は嫌いではありません。
むしろ、人の暮らしを支えるやりがいのある仕事だと思っています。利用者様の笑顔や「ありがとう」の言葉に救われた瞬間も数えきれないほどありました。それでも、「この仕事をずっと続けていけるだろうか」と考えると、胸の奥に重たい不安が広がっていました。
一番大きかったのは 体力的な限界 です。日勤と夜勤を繰り返す不規則なシフトに身体が慣れず、常に疲れが取れない状態が続いていました。夜勤では16時間勤務も珍しくなく、明けの日はぐったりと寝るだけで終わってしまうことも多かったです。若いうちは何とか乗り切れても、これを10年、20年、30年と続ける未来はとても想像できませんでした。
さらに、「もし体調を崩したらどうなるのだろう」という不安も常にありました。
介護は体力を使う仕事なので、病気やケガで長期的に休まざるを得なくなった時、もう現場に戻れるのか分かりません。ブランクができれば体力も気力も落ち、採用してもらえるのかという不安もあります。これまで全力で走ってきたからこそ、立ち止まった瞬間に取り残されてしまうような怖さがありました。健康でいられることが前提になっている働き方に、いつか崩れてしまうのではないかという恐怖がありました。
そして、 精神的な疲弊 も積み重なっていました。利用者様やご家族の思いに応えたい一方で、時間に追われて一人ひとりに十分向き合えないもどかしさが常にありました。自分の関わり方が正しいのか分からなくなったり、ミスを恐れて緊張しっぱなしだったりする日々は、心をすり減らしていきました。
さらに、 職場の人間関係 もプレッシャーになっていました。少人数で連携しながら働くため、一人にかかる負担が大きく、誰かが疲れていると職場全体の空気が重くなる。愚痴や不満が飛び交う中で気を張り続けるのは、想像以上に精神力が必要でした。時には、自分が休むことで他の誰かに負担をかけるという罪悪感もあり、心が休まる時間がほとんどありませんでした。
「好き」な気持ちと「無理かもしれない」気持ちが、常に心の中でせめぎ合っていました。介護の仕事が嫌いになったわけではない。ただ、今のままでは自分が壊れてしまうかもしれない――そんな感覚が、いつも心のどこかにありました。
日常にあった“限界のサイン”
「もう無理かもしれない」という言葉は、声に出さなかっただけで、何度も心の中で繰り返していました。特別な大きな出来事があったわけではなく、日常の中に小さな“限界のサイン”がいくつも現れていたのだと思います。
最初に気づいたのは、朝起きるのがつらくなったことでした。以前は多少疲れていても起きられていたのに、布団から出られない日が増えていきました。体が重く、頭もぼんやりしていて、仕事に向かう支度をしながら「あと何日行けば休みだろう」とばかり考えていました。
仕事中も集中力が続かないことが増えていきました。記録を書いていても内容が頭に入らず、ミスが増え、確認作業に時間がかかる。以前なら当たり前にこなしていた作業が、ひとつひとつ重たく感じられるようになりました。「自分はこんなに要領が悪かっただろうか」と自信が揺らぎました。
また、感情が薄れていくのも自分で分かりました。利用者様の笑顔を見ても心が動かず、できないことが増えていく姿を見ても、前ほど胸が痛まない。感情が鈍っていることに気づいても、それを立て直す気力が湧かず、ただ淡々と目の前の業務をこなしていました。「情熱が冷めた」のではなく、心が守るために麻痺させていたのかもしれません。
さらに、ストレスによる食行動の乱れも出てきました。疲れや不安を紛らわせるように甘いものやスナックを無意識に口にするようになり、夜勤明けや休日は食欲が止まらず、一気に食べては後悔するという繰り返しでした。食べることで一瞬だけ満たされても、心は全く休まっていない。偏った食生活と暴飲暴食が続くうちに、体重の増減が激しくなり、余計に自己嫌悪が増していきました。
プライベートにも影響が出ていました。休みの日は外出する気力がなく、家にいても何も手につかず、気づけばベッドの上でスマホを眺めて一日が終わっている。趣味だったものにも興味が持てず、友人や家族との予定も面倒に感じてしまう。そんな自分に気づいて「このまま壊れてしまうのでは」と不安になりました。
心や体が少しずつ限界に近づいているサインは、日常の中に静かに紛れ込んでいました。本当はもっと早く気づいて立ち止まるべきだったのかもしれません。けれど、その時の私は「休んだら戻れない」という恐怖の方が大きくて、限界に気づかないふりをして走り続けていました。
それでもやめられなかった理由
限界を感じながらも、私は介護をやめる決断ができませんでした。
毎日のように「もう無理かもしれない」と思っていたのに、それでも現場に立ち続けたのは、ただ生活のためだけではなかったと思います。
一番大きかったのは、利用者様への想いでした。
介護の仕事は、誰かの暮らしに深く関われる仕事です。少しずつできることが増えていく様子を見守れたり、リハビリを頑張って在宅復帰できた方を見送れたり、ほんの小さな変化でも心から嬉しくなりました。日々の中で「あなたがいてよかった」と言ってもらえた時は、疲れや不安が一瞬で吹き飛びました。
また、自分の存在価値を実感できる数少ない場所だったこともあります。
私は特別器用なタイプではなく、学生時代も目立つ方ではありませんでした。けれど介護の仕事では、相手の立場に立って考えたり、丁寧に関わることが何よりも大切で、そういう部分を自然にできる自分を認めてもらえる気がしていました。どれだけ大変でも「ここに自分の居場所がある」と感じられることが、支えになっていました。
さらに、仕事仲間の存在も大きな理由でした。
介護の現場は忙しく、理想どおりにはいかないことばかりですが、それでも一緒に支え合って働いている仕事仲間がいました。愚痴を言い合ったり、ほんの些細なことで笑い合ったりする時間が、息をするように自然で心地よかった。仕事をやめるということは、その人たちとの日常の関わりも手放すことになる――そう考えると踏み出せませんでした。
「やめたい」と「続けたい」の間で揺れながら、結局どちらにも決めきれないまま働き続けていました。
本当は立ち止まる勇気を持たなければいけなかったのかもしれません。でも、あの頃の私は「介護をやめたら何者でもなくなる」ような気がして、怖かったのだと思います。
「このままでは壊れてしまう」と感じた瞬間
限界は、ある日突然訪れたわけではありませんでした。少しずつ積み重なってきた疲れや不安が、気づいたときには自分を押しつぶしかけていた――そんな感覚でした。
ある日、夜勤明けで家に帰る途中、駅のホームで立ち尽くして動けなくなったことがありました。眠気と疲労で足が重く、頭の中は真っ白。涙が止まらず、ただ電車を見送るしかできませんでした。理由も分からず涙があふれることに、自分でも驚きました。その時、初めて「このままだと本当に壊れてしまうかもしれない」と思いました。
それまでも体調不良はありましたが、「少し休めば大丈夫」と自分に言い聞かせて無理を続けていました。
けれどその日ばかりは、心がまったく動かず、帰ってベッドに横たわっても涙だけが止まりませんでした。
疲れているだけだと片づけたかったのに、体も心も「もう無理だ」と叫んでいるのをはっきり感じました。
さらに、仕事でミスをしたときのことも忘れられません。
自分でも反省していた最中に、追い打ちをかけるように厳しく指摘され、その言葉が胸に深く突き刺さりました。
「もっと気をつけなければ」と思う気持ちよりも先に、心が音を立てて崩れていく感覚がありました。
それまでにも、常に失敗できないというプレッシャーと慢性的な疲労で、日に日にメンタルが削られていく感覚がありました。
ほんの些細なことで心が揺れ、集中力も続かず、自分が自分でいられなくなっていくようでした。
仕事中も、感情を切り離すように業務をこなしていました。ミスをしないようにだけ集中し、利用者様と会話してもどこか上の空で、感謝の言葉をもらっても心に届かない。「笑顔でいなければ」と思うほど表情は固まり、笑えなくなっていました。そんな自分を見て、「これはもう、以前の私じゃない」と怖くなりました。
このまま働き続ければ、心か体のどちらかが壊れる――そう強く確信しました。
それでも、「辞める」という選択肢を口にする勇気はなく、ただ時間だけが過ぎていきました。あのときの私は、自分の限界を認めることが「負け」のように思えていたのだと思います。
立ち止まって見えた“別の道”
限界を感じながらも止まれずにいた日々の中で、「このままでは続けられない」とようやく自分に認められたのは、毎日泣くように疲れていたのに、誰にも言えずにいる自分を客観的に見た瞬間でした。
職場でミスを恐れて固まる自分、家に帰っても何も手につかず涙が出る自分――
「もう前のようには働けていない」と、“今の自分”と“理想の自分”がかけ離れていることを認めたことで、初めて立ち止まる決心がつきました。
立ち止まってからは、情報を探すようにSNSやネットを眺めていて、
そこで偶然、介護以外の働き方や副業をしている人たちの投稿を目にしました。
「介護職を続けながら、別の収入源や活動を持っている」人がいることを初めて知り、
“仕事=全てを捧げる”という思い込みを手放してもいいと気づきました。
その中で出会ったのが awabota でした。
ここには、介護職の人もいれば、まったく違う分野の人もいて、それぞれが自分の経験や得意なことを活かして活動していました。
しかも、特別なスキルや能力がなくても始められるという環境が用意されていて、「ゼロからでも大丈夫」という安心感がありました。
私は今まで、「努力=長時間働き続けること」「成果=休まず動き続けること」だと思い込んでいたけれど、働く“量”ではなく“仕組み”をつくることで無理せず続ける道もあると知ったのです。
最初は「介護一本でやりきれなかった自分は逃げている」と感じていました。
けれど、無理を続けて壊れてしまえば、もう何も続けられなくなってしまう。
逃げることは「諦める」ことではなく、「守る」ための選択だと、少しずつ思えるようになっていきました。
そう思えたとき、重しのようにのしかかっていた罪悪感が少し軽くなり、呼吸がしやすくなった気がしました。
介護に人生をかけることへの迷い
介護の仕事を続けていく中で、ふと立ち止まったときに頭をよぎるのが「本当にこの仕事だけで人生を終えていいのだろうか」という問いでした。毎日忙しく働いているときは考える余裕もなかったのに、ふとした時に、その問いが静かに浮かび上がってきます。
介護はやりがいのある仕事です。人の生活を支え、感謝の言葉をもらえる瞬間も確かにあります。けれど、同時に体力的にも精神的にも限界を感じる日があり、「この働き方をあと30年、40年と続けていけるだろうか」と考えると、答えが出せませんでした。
周囲を見渡しても、年齢を重ねても現場に立ち続けている先輩はわずかです。ほとんどが役職に就くか、介護から離れて別の道へ進んでいます。「一生介護を続ける」未来が想像できず、長期的なキャリアや生活設計を考えるほど不安が膨らんでいきました。
さらに、介護の仕事は常に人の命や生活と隣り合わせで、気を抜ける瞬間がありません。責任感が重くのしかかる中で、自分自身の人生や夢に目を向ける余裕もなく、「気づけばこのまま年を取ってしまうのでは」という恐怖がありました。
何より、自分の心や時間をすり減らし続ける働き方を「人生をかける仕事」と呼べるのか――そう考えると、胸の奥に重たい迷いが残りました。大好きな仕事なのに、このまま突き進むことに確信が持てない。その感情は、誰にも言えずにずっと心の奥にしまっていたものだったと思います。
私がawabotaに出会い希望を持てた理由
私は、介護を仕事にして続けることに迷いを抱えていました。
体力的にも精神的にも限界を感じながら、それでも「この仕事を手放していいのか」と思い続けていたのです。
そんなとき出会ったのが、awabota でした。
最初に驚いたのは、「仕組み=収入になる」という考え方でした。
正直、最初は「何それ?」とまったく想像もつきませんでした。
私はずっと、時間を仕事に使えばお金が入るけど、そのぶん自由な時間は減るという世界しか知らなかったからです。
でもawabotaでは、自分の経験や知識を発信して「学び」や「価値」に変え、それを記事や動画など形に残る仕組みにすることで、働いていない時間にも収入を生み出すという発想を知りました。
そして、その仕組みを最初につくったのが かずくん でした。
「一人ひとりが、自分の経験や感性を活かして収入をつくれるように」という想いから、コミュニティ内で助け合いながら仕組みをつくる仕組みを用意してくれたのです。
特別なスキルや資格がなくても挑戦できるようになっていて、「ゼロからでも大丈夫」という安心感がありました。
このとき初めて、「自分の未来を自分で選んでつくる」って、こういうことなんだと実感しました。
時間とお金のどちらかを諦めるのではなく、時間とお金を同軸でつくるという働き方が、私にも可能だと知ったのです。
そして何より、1人でやるのではなく、仲間と一緒にやるからこそ実現できるということも大きな気づきでした。
知識や技術が足りなくても、awabotaにはAIやWeb分野に詳しい人、同じように介護から挑戦を始めた人、まったく違う業種から飛び込んだ人など多様な仲間がいます。
お互いの得意分野を持ち寄ることで、ひとりでは到底できなかったことも一緒に形にしていける。
一人きりでは開けなかった未来も、コミュニティなら一緒に切り拓ける――そう思えたとき、初めて希望が見えました。
だから私は今、ブログを書いています。
それは、介護の経験を活かしながら時間とお金を同時につくる仕組みをつくるための挑戦です。
受け身で与えられる側ではなく、自分で未来を選び取る“選ぶ側”になるために、私は一歩を踏み出しました。
最後に…
介護の仕事は、人の暮らしを支える大切な仕事です。
でも、やりがいがある一方で、体力・時間・気力のすべてを注ぎ込み続ける働き方に、私は限界を感じていました。
「このままでは続けられない」
そう気づいたときに出会ったのが、awabota でした。
ここで出会ったのは、
時間とお金を同時に生み出す“仕組み”をつくり、
仲間と協力して未来を形にしていくという考え方でした。
介護をやめたいわけじゃない。
でも、自分の人生を守りながら働く選択をしていい――
そう思えるようになったことで、私は初めて「未来を自分で選んでつくる」という感覚を持てました。
今もし、あなたが「このままでいいのだろうか」と感じているなら、
立ち止まって視野を広げることで見えてくる景色が、きっとあります。
あなたは、どんな未来を「自分で選びたい」と思いますか?

